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国立大学は法人化すべきなのか?#2

201 :名無しさん :1999/09/23(木) 21:21
学会の分科会とかでの発表をビデオ撮影して、評価するというのは、少し使えそう

202 :誰か :1999/09/25(土) 07:57
話を蒸し返すけど、「サイテーション・インデックス」って何だったっけ?

203 :>200 :1999/09/25(土) 08:06
日本古代史だと研究の場がほぼ日本だけだから
あまり研究費もかからないのでしょうね。分野が
そうだから仕方ないのでしょうが、そのような日本
だけの分野で高い業績を上げている人と、世界的
に競争のある分野で世界的な業績をあげている
人を比べて、なにか考えはおもちですか?

204 :203 :1999/09/25(土) 08:11
>200 日本古代史の状況、自分の状況が、日本における
研究の現状においてどのくらい普遍性があるとお考えですか?
言い換えるなら、自分の分野のことだけからこのスレッド
での問題を考える・論じることに危険は感じませんか?

205 :げろりん :1999/09/25(土) 08:39
博士号に関して、私の言いたいことは

ドクターコースの学生=ボクサー
研究室=ボクシングジム
博士号=プロテスト
のような、外からも分りやすい形にしたらどうか
という提案でした。
学問の世界をボクシングに例えるなど不遜だと思われるかも
知れませんが、壊れてしまった元スレッドなど見ていても、多くの人から
ノーベル賞=世界チャンプ のように認識されていると思います。

あと、独立法人化の話に戻します。
今まで多少なりとも大学の自治があった状態で
大学ごとに教養部の廃止等の改革が行われてましたが、
私には家の土台がシロアリに喰われているのに、
床をフローリングにしたり、屋根を吹き替えたりしている
ようにしか見えません。
やはり構造的に問題があることを認めて、解体して
立て直した方が良いと思います。
そのためには文部省なり何なり強力に上から改革していくしか
ないのではないですか。
日経新聞には国立大学は歴史的役割を終えた、とまで
書かれてました。私も国立大学出身なので
ちょっと悲しくないましたが、今の現状では仕方がないと思います。


206 :>205 :1999/09/25(土) 08:52
どうしてそうやって、いつもお上たよりなのかなあ
あとその日経の記事、いったい、歴史的役割は
何をさしているの?新聞記者なんて、この問題に
かぎらず、なにも考えてないことが多いから当てに
しない方がいいよ

207 :通行人 :1999/09/25(土) 08:57
>207
同感です。

208 :↑ごめん :1999/09/25(土) 08:58
>206でした。

209 :200 :1999/09/25(土) 09:00
203さん
>日本古代史だと研究の場がほぼ日本だけだから
>あまり研究費もかからないのでしょうね。

「研究費」とは、この場合、どういう費用を指しているのでしょうか?
研究者個人が研究のために必要とする費用、という意味でしょうか?
それだったら、はっきりいってあまりかかりません。(^^;)

しかし、歴史分野全体、というか、歴史関係の研究機関の予算、という意味であれば、話はやや異なります。史料の保護・保存に費用がかかるからです。
史料は、研究機関の所有に帰しているものも多いのですが、中には個人所有のもの、個人所有のまま研究機関に預ける形を取っているものもあります。
個人所有のもので、所有者が売却を希望する場合、どこかの研究機関が買い取ることが望ましい、というより絶対にそうあるべきものです。(どこぞのコレクターの手に渡ってしまったら、その史料の閲覧が不可能になる場合が考えられますし、そもそも、その史料が適切に保存される保証もないのですから。)
しかし、この分野の研究機関はそもそもあまり多くの予算をもらっていないのか、買いたいけど買い取るお金がない、という話をよく聞きます。(とくに年度末。^^;)
今のところ、研究者同士、つてをたどって何とかお金に余裕のある研究機関を見つけているようですが・・・。
そして、研究機関が史料を適切に保存し、何らかの形でその内容をオープンにしてくれるからこそ、研究者個人はそれほど費用をかけずに研究ができるのです。


210 :日本の歴史学は :1999/09/25(土) 09:02
科学ではない。一度どこでもいいから理学部に入って
論証の方法論を学ぶべき。日本の史学は「印象」の
集大成になっている。

211 :200 :1999/09/25(土) 09:54
203さん
>そのような日本
>だけの分野で高い業績を上げている人と、世界的
>に競争のある分野で世界的な業績をあげている
>人を比べて、なにか考えはおもちですか?

204さん
>日本古代史の状況、自分の状況が、日本における
>研究の現状においてどのくらい普遍性があるとお考えですか?
>言い換えるなら、自分の分野のことだけからこのスレッド
>での問題を考える・論じることに危険は感じませんか?

わたしが200のようなレスを書こうと思った理由も200に書いてありますので、そちらを参照していただきたいのですが・・・しかし、では、あなたはそれほど他分野の研究についてよくご存じなのですか?分野の異なる研究の、重要度をランク付けできるほど。この世にあるすべての研究分野に、一度は研究者として携わったことがあるとでもいうのであればともかく・・・。(わら
わたしは他の分野の研究についてあれこれいうことはできませんし、いうつもりもありません。部外者が生半可な知識で論じるのは、専門の方々に対して失礼になりましょう。わたしが、文系は研究しているのかどうかも怪しいなどという暴言を見過ごすわけにはいかないと感じたようにね。
ただ、わたしがいいたいのは、本来、研究そのものには貴賤はない、ということです。
ところで、国公立大学の独立行政法人化、これはつきつめていえば予算配分の問題、金の行き先を決めるために研究にランク付けする必要が生まれた・・・そういうことではないのですか?
それならそういう観点で(国策にあう研究かどうか、など)議論すればいいのではありませんか?金がほしいばかりに、文系は研究していない、または研究に価値がない、などと決めつけられるのはごめん被りたいものです。

212 :>210 :1999/09/25(土) 09:59
なら、あなたこそ歴史分野の研究者になって研究を発表してみてください。
お待ちしていますよ。

213 :げろりん :1999/09/25(土) 10:24
新聞記者の言ってることや、文部省の姿勢を無批判に
正しいと思っているわけではないです。
ただ、全体として国立大学にかける予算を減らそうという
決定が国民の総意でなされたとしたら、
どうやって削るんですか?
各大学の代表者がみんなで話し合ってうまく行きますか?
総論賛成、各論反対でまとまらないと思うのですが。

214 :げろりん :1999/09/25(土) 10:49
大学の教官達の中には税金使って研究しているということについて、
無頓着すぎる人がいるように思います。
納税者あっての国立大学です。国民にどんな形で貢献できるか常に念頭において
研究してほしいです。

215 :>205 :1999/09/25(土) 11:17
よろしかったら、どなたか教えていただけませんか?
下記の記事を読んでみたいので日経の何時のものなのか
ぜひ教えて下さい。
>日経新聞には国立大学は歴史的役割を終えた、とまで


216 :210 :1999/09/25(土) 11:20
ほらほらそういうところが・・・よい例をありがとう。
歴史の研究するのはあなたの仕事であって私の仕事ではない。
>212

217 :こういう例はいかがでしょう :1999/09/25(土) 11:24
216の「歴史の研究するのが」をみて「こいつ作文能力低い」
と断定するのが歴史学者。科学者はさまざまな可能性を
考え、もっとも状況を説明できると思われるものを採用する
が、あくまでも「仮説」であることを忘れない。

218 :迷子レス :1999/09/25(土) 11:38
>210,212,216
ここでは、そういうのはやめにしませんか?
自分の分野こそが最高であることを証明するためのデベートは
仲間内でこそ楽しいお遊びですけれど(私も参戦させて下さい)。
でも、このスレッドの目的はそれとは別のものですから、
どうかよろしくお願いしますね。

219 :名無しさん :1999/09/25(土) 11:38
はい。失礼いたしました。

220 :名無しさん :1999/09/25(土) 11:39
>210,212,216
ここでは、そういうのはやめにしませんか?
自分の分野こそが最高であることを証明するためのデベートは
仲間内でこそ楽しいお遊びですけれど(私も参戦させて下さい)。
でも、このスレッドの目的はそれとは別のものですから、
どうかよろしくお願いしますね。


221 :>218 :1999/09/25(土) 11:41
どうもありがとうございます。

222 :>211 :1999/09/25(土) 13:06
>ところで、国公立大学の独立行政法人化、これはつきつめて
いえば予算配分の問題、金の行き先を決めるために研究にラ
ンク付けする必要が生まれた・・・そういうことではないのです
か?
その通りだと思いますよ。
> それならそういう観点で(国策にあう研究かどうか、など)
議論すればいいのではありませんか?
かもしれないね。
>金がほしいばかりに、
文系は研究していない、または研究に価値がない、などと決
めつけられるのはごめん被りたいものです。
たぶん多くの日本の文系で、世界的な競争がある分野
(だからたとえば、あなたの古代日本史は例外ですね)に
ついて、日本の研究者レベルが、理科系にくらべて、
(かなり)低いというのは事実のような気がします。
ただあなたの分野のように世界的な競争がない分野は
かなり安上がりなのかもね。それから、大学で研究を
やる必要はあるのかしら? たとえば博物館の学芸員
みたいな立場で研究もするというのはどうなのですか?
学部である程度まじめに勉強すればすぐに研究できるの
なら、プロとアマの差もあまりないのではないですか?
民間の人も気軽に参加できるような、図書館や博物館
を拠点にすればいいのでは?


223 :>214 :1999/09/25(土) 13:10
>国民にどんな形で貢献できるか常に念頭において研究してほしいです。
げろりんさんの御言葉は大変に耳に痛いです。

実は、いくつかの重要な産業分野の日本での誕生と成長に、
大学はそれなりに貢献してきたらしいですよ、どうも ^^)
公の場では口が裂けてもそんなことは漏らさないので、
あまり知られていないようですが。

《学問で世界に貢献する》という目標はもちろん大原則ですが、
心の中では日本の産業の発展を願う心を持った人もいたらしいですね。
私は事情をまるっきり知らないので想像しているだけですけれども ^^)
血の犠牲を払ったような人もいたりするのかも...

もちろん、げろりんさんの仰有っていることが
こうしたこと以外も意味しているのはよく分かっています。

224 :>205 :1999/09/25(土) 13:31
国立大学は教養部を廃止して成功したのだろうか?
東大はあえて教養部を残したが,そのおかげで多彩で優秀な人材が研究者として生き残り,「教養部存続」の英断は成功したような気がするが。

225 :個人的見解(大学関係者) :1999/09/25(土) 13:39
あくまで個人的見解だが,国立私立に関わらず「馬鹿」は大学に進学しようなんて思っちゃいかんと思います。大学はあくまで「真理」を追求するための「学府」であるべき。
講義にも出ずにアルバイトや遊びに興じて,「大学生は暇で金持ち」というイメージを国民に持たせたではないですか?なんでかせいでない学生まで一律に国民年金をはらわにゃならん?文系ならともかく実験系の理系学生なんかアルバイトの暇もないんですよ。

226 :>225 :1999/09/25(土) 15:05
あなたの考えは多分、時代遅れなんですよ。
昔、高校が実質的に全入になった時代にも、たぶん
あなたは同じことをいったのでしょう。これからは、
高度な教育が大学院にシフトする、そういうことです。

>げろりんさん
国民にどんな形で貢献できるか常に念頭において研究してほ
しいです。

わたしはこういう意見は内容がないと思う。
または、奇麗事のお題目ですね。研究者は
そんなこと考えてる余裕ないです。それは、たとえば、
研究費の配分を考えるひとや、いまだったら組織改変するひと
が考えればいいんでしょう。あなたが、どういう立場の人か
知りませんが、本当にそう考えているのか問いただしたいです。




227 :>226 :1999/09/25(土) 15:12
人類の幸福の追求,文化への貢献ということを常に念頭に置いて研究して欲しいと思います。

228 :>226 :1999/09/25(土) 15:15
>高度な教育が大学院にシフトする、そういうことです。
そういういことなら,大学の学部教官にもぜひ教育のプロとしての自覚が欲しい。高校と同様に学習指導要領にそった講義を行い,児童心理学をはじめとする教育課程を履修して,教員免許を持ったもののみ大学の教官になればいい。そういうことですね。

229 :>228 :1999/09/25(土) 15:16
その通りです。

230 :御大 :1999/09/25(土) 15:17
>227
まあ「人類の幸福の追求とか文化への貢献」
を念頭におけというのはいいですが、この言葉
普遍性はないでしょう。きわめて主観的な観点ですよね。
どんな人でも、はいって言えます。つまり
実質的には無意味ですね。
それにあれですか、あなたから見るとこのお題目は
研究者だけに科せられたものですか?それとも大人
みんな? ちょっとピンぼけな気がするので聞いてみました。

231 :>228 :1999/09/25(土) 15:21
まあ教員免許どうのうは知らないけど(っていうか
それってそんなに実質的なもんかい?)
そうですよ。大学は研究の拠点(大学院が主だが)の
所と教育のところと、かなりはっきり分けます。
教育用の大学の教員は、教育者としての資質が
いまより求められるのは当然です。でも、研究拠点の
大学・院の教員・研究者は あくまで、研究者としての
質の方が大事でしょう

232 :御大 :1999/09/25(土) 15:22
>231 その通り。

233 :元大学生 :1999/09/25(土) 15:52
すべての大学教官が、研究者と教育者の2足のワラジってのは無理。
元来、両者の適性は全くかけ離れてるもの。
はっきりわけてほしい。

234 :御大 :1999/09/25(土) 16:07
>233 さよう。いままではたとえば、××文学研究科みたいに
やってることは単なる語学教師なのに、研究者みたいな
顔してる教員が多すぎる。かといってそれを全部切り捨てて、
もっと極端にいえば、語学教育は駅前留学に外注すれば
いいかといえば、そうでもないだろう。
でもとにかく、教師でしかない大学教員と同じに考えられている
まじな理工系の研究者は救済する必要があるのです


235 :げろりん :1999/09/25(土) 16:31
>205
日経新聞は通勤途中で読み捨てる日もあって、家にある中では捜せませんでした。
独立法人案が発表された記事が載った朝刊で社説か春秋(天声人語の位置)で
読んだような気がします。
ひょっとして毎日新聞だったかも。記憶が定かでなくて申し訳ないです。

>225
どうやって研究費をゲットするかだけに力を注ぎ、
自分の知的好奇心だけに従って研究して、仲間内の研究者の間で評価されれば
それで良くて、というような態度なんですか?
だとすると、そういうのはマスターベンションと何か違いがありますか。
私は民間企業に勤務する会社員という立場です。

236 :233>234 :1999/09/25(土) 16:44
そうですよね。
若いうちは研究、年喰ったら教育というようにうまくシフトできればいいのかも知れない。
功成り名をとげて自分の研究関連分野をきちんとreviewできる老教授が教育に携わればそれなりに効果はあるんだろうけど(私が教養課程で出会った生物学の老教授は実にすばらしい教育者であった)、実際は年取って研究意欲の枯渇した元研究者がそのまま教育に従事すると、ほとんどの場合教える気力も枯渇してることが多くてペケ。


237 :あげ :1999/09/25(土) 17:21
とこう

238 :212 :1999/09/25(土) 18:35
210さん
>名前: 日本の歴史学は 投稿日: 1999/09/25(土) 09:02
>科学ではない。一度どこでもいいから理学部に入って
>論証の方法論を学ぶべき。日本の史学は「印象」の
>集大成になっている。

>ほらほらそういうところが・・・よい例をありがとう。

一体わたしのレスのどこが日本の歴史学が科学でないことのよい例なんですか?わたしにはちっともわかりません。

>歴史の研究するのはあなたの仕事であって私の仕事ではない。

確かに、あなたのように論理的な思考ができない人には無理ですね。

239 :>217 :1999/09/25(土) 18:47
>科学者はさまざまな可能性を
>考え、もっとも状況を説明できると思われるものを採用する
>が、あくまでも「仮説」であることを忘れない。

それでは科学者も歴史学者と変わりません。
でも、あなたは科学者ではありませんね。部外者が生半可な知識で「断定」しているのですから。

240 :212 :1999/09/25(土) 19:05
218・220さん
>自分の分野こそが最高であることを証明するためのデベートは
>仲間内でこそ楽しいお遊びですけれど(私も参戦させて下さい)。
>でも、このスレッドの目的はそれとは別のものですから、

わたしは自分の分野が最高であるなぞといったことは一度もありませんよ。また、スレッドの趣旨からはずれているとも思いません。211に書きましたが、
>国公立大学の独立行政法人化、これはつきつめていえば予算配分の問題、金の行き先を決めるため
>に研究にランク付けする必要が生まれた・・・そういうことではないのですか?
>それならそういう観点で(国策にあう研究かどうか、など)議論すればいいのではありませんか?金がほし
>いばかりに、文系は研究していない、または研究に価値がない、などと決めつけられるのはごめん被りたい
>ものです。
議論が正しい方向で行われていれば口出しはしません。



241 :粗い白石 :1999/09/25(土) 20:38
一応、反応しますが、
210の「(1)歴史は科学ではない、(2)論理を学べ」に対する反論が
212の
> なら、あなたこそ歴史分野の研究者になって研究を発表してみてください。
> お待ちしていますよ。
となっています。「なら」というのは「そうであるならば」ということ
だと思いますが、210の主張と212の主張(「あなたが研究せよ」)
とがどうして「⇒」という関係で結ばれるのか私の慣れ親しんでいる論理では
理解できません。

また、210の主張および216の主張(「歴史を研究するのはあなたの
仕事であって私の仕事ではない」)から、238(『(1)「あなた」は論理的
な思考ができない人である、(2)「あなた」には歴史の研究は無理である』)
のように結論されていますが、この部分にも論理の飛躍があるように思われ
ます。善意に解釈して私が210および216のように主張しているという
事実から私の能力を推定したものとしても、やはりこの材料だけから
238のような結論を導くことは不可能だと思われます。

以上指摘させていただいた点をもって「歴史学に論理性が欠如している」
という主張の根拠とするつもりはありませんが。

242 :>222 :1999/09/25(土) 21:06
>それから、大学で研究を
>やる必要はあるのかしら?

とりあえず日本史に限っていえば(考古学などはまた話が違ってくると思いますので)はっきりいって大学にこもる必要はないと思います。ただ、何らかの研究職、もしくはドクターなどの身分は必要です。なぜかといいますと、史料を所蔵する研究機関は全国に散らばっています。その史料の閲覧許可がおりるのは、一般的に、上記のような身分を持つ人間が研究目的に利用する場合に限られるからです。

>たとえば博物館の学芸員
>みたいな立場で研究もするというのはどうなのですか?

なんか、学芸員というものの捉え方がわたしとは違っているようですが・・・。(^^;)
学芸員は、昔は実質的に研究職扱いされていなかったなどとも聞きますが、現在では研究職として認められています。その博物館の所蔵する史料そのものに対する研究(いつ頃、どんな人間の手によって書かれた史料なのか、とか)は、だいたい、そこの学芸員が行います。

>学部である程度まじめに勉強すればすぐに研究できるの
>なら、プロとアマの差もあまりないのではないですか?

プロとアマの違いは史料を扱うスキル、史料を読みこなす読解力、論の組み立て方(先行研究の問題点を浮き彫りにできているか、きちんと史料に基づいて証明を行っているか)などに現れます。アマに史料の閲覧の許可が下りないのも同じ理由です。また、これらのものを具備していなければ院の授業でも相手にされません。どの時点で論争相手に足ると認められる実力をつけるかは、本人の問題です。

歴史学は、239でも述べましたが、常に仮説なのです。「誰々の説はどこそこがおかしい、この史料の解釈は〜のように改めるべきである、したがって結論はこれこれとするべきであろう」のように、互いに批判しあって、議論の落ち着くところが「通説」となります。したがって、どんなに偉大な研究者であっても、自分の説、自分の史料解釈が「絶対に」正しいなぞとはいえません。ここに学生と教授が互角に意見をたたかわせる理由があります。

243 :>240 :1999/09/25(土) 21:28
218(220)を書いた者です。
お腹立ちは良く理解できます。私の予防的措置が、240さんにとっては
「売られた喧嘩」に対する反論の機会を奪われる形になるかもしれない
ことには気づいていましたが、それでも敢えてあのような言い方をした
心情をおもんぱかっていただけると有り難く存じます。当事者御本人に
してみると確かに余計な差し出口かも知れません、ごめんなさい。

240さんのおっしゃる以下のような観察と分析は非常に的確なものと思います。

>また、スレッドの趣旨からはずれているとも思いません。211に書きましたが、
|国公立大学の独立行政法人化、
|これはつきつめていえば予算配分の問題、金の行き先を決めるため に
|研究にランク付けする必要が生まれた・・・そういうことではないのですか?
|それならそういう観点で(国策にあう研究かどうか、など)
|議論すればいいのではありませんか?
|金がほしいばかりに、文系は研究していない、または研究に価値がない、などと
|決めつけられるのはごめん被りたい ものです。
>議論が正しい方向で行われていれば口出しはしません。
           (改行位置を変更させていただきました)
この認識をもとにして議論が進むことを、私も切望します。



244 :242に追加 :1999/09/25(土) 21:48
>ある程度まじめに勉強すればすぐに研究できるの
>なら、

ここのところにもう少し説明を加えておきます。カンチガイされては困りますので。
わたしの場合、一つのゼミで発表するのに、準備に2ヶ月、発表自体は週1×4回ぐらい費やしました。複数のゼミの発表が同時期に重なったりすると、オオゴトです。ある時なぞ、一ヶ月に徹夜が10日、その他の日の睡眠時間は3時間ぐらい・・・といいたいとこですが、週に1度は7時間ぐらい寝ちゃいましたが。・・・実際にやったことのない人間には「眠らないぐらいでオーバーな」と思われるかもしれませんが、発表がすべて終わる頃には、これ以上眠らなかったら命に関わるんじゃないか、という気がしていましたね。実際、終わったときには病人と一緒。母に枕元まで食事を運んでもらうような状態でした。
院を目指していない子でも、ゼミのためにほかの授業の単位落とす、就職活動ができなくなることなぞ珍しくもなかったし・・・。
学校に行って、授業をただ座って聞いていて、余った時間でバイトなぞして・・・で、卒業すればもう教授と互角の口が利ける、と思われては困ります。

245 :あほかおまえ>244 :1999/09/25(土) 22:09
そのぐらい理系ならみんなやってる。(除く数学科)

246 :>244 :1999/09/25(土) 22:09
それがどうした?という気もしないでもありませんが、文系の院生は
よく勉強されていると思います。なぜ文系は学位がとりにくいのです
か?やはりえらい人が「自分がこれだけ苦労して取ったんだから若い
者に簡単にはやらぬぞ」と思っているからなのでしょうか。

文学博士って本当に少ないそうですね。学位の有無が価値を決める
とは思いませんが、やはり異なる分野で横比較をするためにも、
ある程度共通の尺度が必要ではないかと思います。学位をその
判断基準(のひとつ)として使うのであれば文系の学位をもう少し
取りやすく(あるいは理系のを取りにくく)する等の対応が必要なの
かもしれませんね。

247 :>241,粗い白石さん :1999/09/26(日) 06:32
では、212・238についてご説明します。
わたしは、日本の歴史学が「論証の方法論を学ぶべき」「「印象」の集大成になっている」といわれるようなものであるとは決して思っておりません。
しかし、あなたは論拠も示さず上記のように断定されている。論拠を示さず結論だけ書かれても、反論のしようがありません。それこそ「論証の方法論」を学んで出直してきて欲しいものです。
筋道立てて説明できないのであれば、論より証拠、あなたのいうところの「「印象」の集大成」ではない研究を見本に発表なさってみてはいかがですか?真実それが革新的なものであれば、それは日本の歴史学にとって結構なことです。

248 :うさうさ :1999/09/26(日) 06:34
∩∩
(x)

249 :244 :1999/09/26(日) 06:45
245さん
何か勘違いなさってるようですね。わたしは「理系はやってない」なぞとは一言もいっていませんよ。くどいようですが、222さんのレスの、日本史は、ある程度まじめに勉強すればすぐに研究できる分野ではないのかという部分に対してお答えしたまでです。

しかし、あなたのレスのおかげで、日本史専攻の学生の勉強量は、理系と同程度であることが判明しましたね。

250 :うさうさ :1999/09/26(日) 06:58
∩∩
(x)

251 :244 :1999/09/26(日) 07:24
246さん
文学博士号を持つ人間の数については、うちの専攻も194さんのおっしゃった状態とあまり変わりありません。
その理由は・・・わたしにもよくわからない、というのが本音です。
ただ、体質が旧態依然としていると思いますので、師匠が博士号を持っていないのに、それをさしおいて弟子が取るわけにはいかない、という部分はあると思います。
師匠への遠慮ばかりでなく、兄弟子達への遠慮もあるでしょう。わたしの師匠は現在50歳代前半ですが、「Aさん(先輩)が博士号取ったから、次はB(すぐ下の後輩)さんの番だな」みたいな話をする事があります。
現在、30代前半ぐらいの人から、自分たちはマスターやドクターで論文を公刊することさえ「生意気」といわれたものだという話を聞いたこともあります。

252 :うさうさ :1999/09/26(日) 07:25
∩∩
(x)

253 :M :1999/09/26(日) 07:43
>249 今までの議論おもしろく拝見しています。正直
いって、249さんはよく勉強されていると思います。
ただ、私は数学関係ですが、数学に比べるとやはり
たいしたことはないとも思います。それは249さんの問題
でもなく、先生の問題でもなく、多分、分野の深さの問題
なのでしょう。
数学の場合はとてつもなく長い修行が必要です。学部時代
から始めて、たとえば、一日5ー10時間、月ー金で毎日勉強したとして、
一年に1000ー2000。それを多分5年位つづけて、ようやく
先生(研究者。ここでは世界的に通用している数学者とする。
日本にはそういう人が多くいます)が研究についていっている
ことがすこし分かる程度です。そこまでで、5千から1万時間ですね。
さらに、先生と議論が出来るようになるにはプラス1万時間
位必要なのではと思います。
249さんの話しを聞いていると、どうも1000ー2000時間位の
勉強で先生と議論できるようですが(違いますか?)、
それは随分簡単だなというのが正直な印象です。
かといって、自分がそれをできるとは言っていません。私は
歴史に興味がないので、1000時間はとても苦痛でしょう。

ところで、上にあげた1万時間という数字ですが、将棋の
米長氏が棋士の修行も1万時間くらいは必要というのを
思い出します。かれは、将棋に比べれば東大に入るのなんか
たいした事ないという事をいっていました。同感です。
日本古代史だと2ー3年、本気で勉強すれば先生と対等
の用ですが、たとえば、将棋で2ー3年勉強したところで、
とてもプロにはかなわないでしょう。数学も同じです。
対象の深さがちがうのでしょう。

254 :a :1999/09/26(日) 09:20
ge

255 :粗い白石 :1999/09/26(日) 09:56
おはようございます。
結論を最初に述べて、「なぜなら・・・」とやるのはごく一般的なやり方だと
思うのですがね。まして、ここは論文を発表する場ではなく議論の場です
から意見を交換するために一旦結論だけ述べて反応を見る、というのが
なぜいけないのか私には理解できません。ほかのスレッドでも概ねその
ような流れで議論が進んでいるのではないでしょうか。

議論を面白くするためにわざと煽情的な書き方をするのも確立された
手法のひとつだと思います(何度も言いますがここは「論文」を発表する
場ではなく「ディベート」の場であるという主張には同意していただけます
でしょうか?)。それなのにあなたは241で指摘させていただいたような
反応をなさいました。まったく議論になっていません。

せめて247の前半(改行位置変えています)
> わたしは、日本の歴史学が「論証の方法論を学ぶべき」「「印象」の集大成に
> なっている」といわれるようなものであるとは決して思っておりません。
> しかし、あなたは論拠も示さず上記のように断定されている。論拠を示さず
> 結論だけ書かれても、反論のしようがありません。
のような反応であればそこから議論は始まるのですが(これに対して私が
「例えば・・・のような点がある」のように反応するわけですね)、
続いて、
> それこそ「論証の方法論」を学んで出直してきて欲しいものです。
と続くわけですが、これは「子供の喧嘩」レベルの発言であり、深く
脱力せざるを得ません(もっと分かりやすく言えば「おまえもな」という
レスと同じですよね)。

歴史学上の争点をひとつ取り上げてそれに対するいわゆる「定説」となって
いる「仮説系」の論証を批判する(当然私は批判しあなたが弁護するという
展開になると思いますが)ということをやれば両者の主張が徐々に明らかに
なっていくのではないでしょうか。
(1)私が「この部分の論証はおかしいのではないか」というのを提示
(2)あなたが「この論証は〜の理由で妥当である」と反論
(3)私が「納得した。私の主張は誤りである。」
(3)'私が「その主張の〜の部分はおかしい」
のような形式で論争が進められる、というのはどの分野でも同じですよね。
私はそのような議論を望みます。しかし、今までの経緯を振り返ると
このような展開にはならないだろうという予感がありますけれど。

> 筋道立てて説明できないのであれば、論より証拠、あなたのいうところの
> 「「印象」の集大成」ではない研究を見本に発表なさって
> みてはいかがですか?真実それが革新的なものであれば、それは日本の歴史学
> にとって結構なことです。
文芸批評に対して「それならおまえ書いてみろ」と同じ理屈ですね。
批評(批判)するだけなら簡単でその意味で私の主張も極めて無責任なもの
です。ただ、その無責任さを理由に自らの正当性を主張することは
できません。糞批評(批判)だと思ったら黙殺すればいいのです。


256 :>235 :1999/09/26(日) 10:06
げろりんさん、どうもありがとうございます。
お手数をお掛けしました。私の方でも少し探してみますね。

257 :粗い白石 :1999/09/26(日) 10:12
249さんへ
実際に255のような手続きで議論をするのはしんどいので
(というかすでに喧嘩モードに入っています(笑))、このスレッドを
見ている人が分かりやすい材料をとりあげましょう。

249の論点1:
> なにか勘違いなさってるようですね。わたしは「理系はやってない」
> なぞとは一言もいっていませんよ。
245さんは「あなたが『理系はやっていない』といった」という
主張はしていません。

249の論点2:
> しかし、あなたのレスのおかげで、日本史専攻の学生の勉強量は、理系と
> 同程度であることが判明しましたね。
(注)「あなたのレス」というのは245のこと
ここの論理がおかしいと思います。
あなたの244の主張「私レベルの研究者になるためにはこれくらいの
勉強量が必要である」に対して245は「それはたいした勉強量とは
思わない」という主張をしているだけです。百歩譲って245の
字面だけで判断すると245の主張は「理系の学生もしくは研究者は
全員244以上の勉強量である」ということになりますよね。
つまり、「244の勉強量は理系にとっては最低ラインだ」という
ことになります。ここから(249の論点2)のような結論には
ならないのではないでしょうか。(もちろん、245の主張は後者の
解釈ではなく前者の意味だと思います)

あなたの思考方法が歴史学の方法を代表しているとはいいませんが、
これではあまりにもお粗末すぎるのではないでしょうか。

258 :名無しさん :1999/09/26(日) 12:48
>253さん
ある分野の研究のスタート地点に立つために必要な「修行」の量はその分野の
「深さ」に依存している、という理解でよろしいでしょうか。あるいは「日常」からの
「距離」が問題であるとおっしゃっているのかもしれません。

(ここからは一般論で)
いずれにせよ学問のレベルは日常から研究のスタート地点までの距離ではなく
スタート地点から先に進んだ距離で評価されるべきだと思います。したがって
「この分野の研究者となるためにはこれだけの修行が必要なのだ」といくら主張
しても、それはその研究の水準あるいは質について何も語っていないということ
になります。

国立大学の法人化の目的は「有限な資源を有効に活用して最大限の効用を
得ること」だと思うのですが、逆にいえば、この目的達成するための手段として
国立大学の法人化は有効なのかどうか、という議論になるわけですよね。

私はある条件のもとでは有効だと思います。その条件とは、
 1.「資源」が定量的に定義されていること
 2.「効用」が定量的に定義されていること
です。この条件のもとでさきの目的を達成するためにはいわゆる市場原理の
活用が有効な手段であると考えます。もちろんそのためには、
 3.「評価」のプロセスが透明であること
が重要です。むしろ、3.の条件を確保するために独立法人化が必要である
という主張です。もちろん、現行の体制のままで上記1.〜3.の条件が満た
されるのであればよいのですが、それは難しいというのが多くの現場の方の
意見なのではないでしょうか?


259 : :1999/09/26(日) 14:55
>258それはその研究の水準あるいは質について何も語っ
> ていないということ
> になります。
ある程度は分かるのでは?まあともかく、この部分は
歴史家さん(と呼ばせてください)が、「大学院にすすむと
教授と対等に議論している」というのに対して、理科系の
どなたかが、「そんなに簡単なの?」 といい、それに対して、
歴史家さんが、「簡単ではない、この位はしている」と
具体的な事をかかれたものですから、それを読んだ上で、
「数学に比べれば簡単ですね」といったまでです。その様な
経緯はご存知ですか?

ところで、正直なところあなたの言っていることは分かり難いです。
たぶん、なにか具体的なバックグラウンドがお有りなのでしょう。
それを見せていただいた方が、みなさんも分かりいいのでは。
258を読んでいて、「数学の言葉を使うことで、見栄えをよくしている
だけで、内容の少ない経済学」の教科書を読んでいるような
気がしました(失礼)。
それから、ここの所の発言は議論の仕方の揚げ足とりが多く、
不毛ですね(258は、それとは違います)

260 :うさうさ :1999/09/26(日) 15:21
∩∩
(x)

261 :偽うさうさ :1999/09/26(日) 15:32
 ∩∩
(x)

262 :リーマン :1999/09/26(日) 15:33
能力が十分でないために睡眠時間と休日を削って仕事をしているしがない会社員です。
しょせんサラリーマンの話なのでアカデミズムの中心にいらっしゃるみなさんからみれば
「何いってんの?」ということになるでしょうが、その辺はお許しください(へこまされた
ときのための予防線を張っています)。

「研究の水準」というのはやってる本人が一番よくわかっているはずで、ある意味
非常に主観的なものです。ところが何らかの理由で(例えば研究のための予算を
獲得する等)客観的に評価される必要がある場合、その評価基準は「金を出す
側が決める」というのが真理ではないでしょうか。(この場合「客観的=第3者に
よる」を意味しており「客観的」が正しい方法であるというつもりはありません)
現在の評価プロセスがどのようなものか知りませんが、研究者の方は現状に
満足しているのでしょうか。不満である場合、評価のシステムに対して不満を
持っているのではないかと推察するのですが、いかがでしょうか。

現在議論されている「大学の独立法人化」というのがどのようなものであるか
実はよく分かっていませんが、「自由に資金調達するための枠組み」では
ないのでしょうか。もしそうであるならば素人目には非常によい仕組みのよう
に思えます。研究成果を公正に(あるいは自分に都合よく)評価してくれる
スポンサーを自らの裁量で探してくれば研究をする環境もずっとよくなるの
ではないかと思います。

もちろん、金を握っている人(まあ、企業ということにしましょう)の受けが
よくない基礎研究分野などではスポンサーを探すのは大変かもしれない
ので、そのような分野については従来通り国策として資金を投入すれば
いいのです。つまり、独立法人化に馴染む分野と馴染まない分野がある
と思われますので、それを一律に扱うことに問題があるのでしょう。

ちょっと何をいっているかわからなくなりましたが(なにしろ狭い窓で前に
書いた部分を確認せずに打っていますので)、現場の方に質問します。
国立大学の独立行政法人化案の問題点はどのような点ですか。それを
どのように修正すればいいとお考えですか。

263 :うさうさ :1999/09/26(日) 15:37
∩∩
(x)

264 :うざらし@うさうさ :1999/09/26(日) 15:38
∩ ∩
(x)
耳を揃えてくれ、さっきから気になってトイレにも行けないんだ。

265 :みんな :1999/09/26(日) 15:42
長い。簡潔に。簡潔に。

266 :どうすれば耳そろう? :1999/09/26(日) 15:45
∩∩
(・x・)

267 :うざらし :1999/09/26(日) 16:00
(@ @)オウオウ
≡∵ ∵≡

268 :うさうさ :1999/09/26(日) 16:01
∩∩
(x)キモイ

269 :名無しさん :1999/09/26(日) 16:05
 ∩∩
(・x・)

270 :うざらし :1999/09/26(日) 16:06
 (@ @)オウオウ
≡∵ ∵≡

271 :おもしろい :1999/09/26(日) 17:07
ので、あげ

272 :うさうさ :1999/09/26(日) 17:09
∩∩
(x)ワシガケイエイ ドウ?

273 :うさうさ :1999/09/26(日) 17:17
ってだれよ
新固定?
でもおもしろいからいいや

274 :うさうさ :1999/09/26(日) 17:18
∩∩
(x)アリゲッチュ

275 :くるくるくるくる :1999/09/26(日) 17:20

  ∩ ∩
(@ * @)  メガマワル

276 :名無しさん :1999/09/26(日) 17:21
⊂(^(工)^)⊃むしゃむしゃε==3

277 :名無しさん :1999/09/26(日) 17:23
⊂(◎(工)◎)⊃ガブッε==3

278 :無学君 :1999/09/26(日) 17:24
なんか、ここ学歴他界人がマジ喧嘩してて怖かったので、
うさうささん愛さ愛さ(こう変換できた)です。
できれば、1レス4行くらいまでにして欲しいです。

279 :はんそで :1999/09/26(日) 17:24
うさうさはカワイイのです

280 :うさぎは飽きた :1999/09/26(日) 17:25
(*^¬^)σ゜ ・ 。 ピュッ!

281 :きいぼー :1999/09/26(日) 17:33
めっちゃ、かわゆい(^^;;
http://www.speed.co.jp/jerry/book/riezo/mihhy2.gif

282 :きいぼー :1999/09/26(日) 17:34
あ、ごめん。国大スレッドだったんだね。

283 :>278 :1999/09/26(日) 17:37
ほっとけば?自分も好きなスレッドで思う存分
言ったらいいんじゃんか?

284 :文学博士 :1999/09/26(日) 22:29
文学博士が取りにくいのは,文学博士が少ないからなのです。
学位を審査できる文学博士が絶対的に不足しているのです。

285 :名無しさん :1999/09/27(月) 11:39
あげときます

286 :理学博士 :1999/09/27(月) 11:49
>284 ちょっとうがった言い方ですね。要するに
博士にふさわしい研究している人が少ないのでしょう。
そのレベルの研究を指導できる人が少ないということで、
要するにレベルが低いのですよね。

287 :>284 :1999/09/27(月) 11:53
聞いたのですが、日本のフランス(にかぎらないそうですが)文学
の研究など、とてもレベルが低く、外国では全く相手にされて
いないそうですが、本当ですか?だったら、学位が少ないのも
もっともですね

288 :名無しさん :1999/09/27(月) 11:58
学生の意識も問われていいと思うけど、
教職員がなにしろ忙しすぎるんじゃないかな。
私が薬学部と院で学生やってたときは、彼ら、雑用多すぎて
全然研究なんか出来てる状態じゃなかったよ。
それでいて学生に研究を説くあたり、腹は立ったけど、
雑用で忙殺されていても研究は出来る!みたいな
逆に勘違い教員も居て、ほとんど狂っていた。

289 :>288 :1999/09/27(月) 12:06
君、東大かい? たしかに東大の先生は忙しいよな

290 :>289 :1999/09/27(月) 12:11
国立の薬学部はどこも忙しいよ。
教官の数が十数人と少ない割には,教官を数千人かかえる工学部や医学部と同じだけの学内委員会があり同じだけの会議がありそれだけ役員が必要となる。
1人あたりの雑用割合が医学部,工学部に比べると数百倍も違うはず。

291 :290追加 :1999/09/27(月) 12:15
>289
講義の負担だってそうだ。大学は卒業までにどの学部でも約130単位必要なんだけど,東大の工学部なんて教官の人数が多すぎて,助教授以下は講義を受け持つことはない。それなのに薬学部は人手不足だから,教授・助教授はもちろん講師・助手ヘタすると博士学生まで講義を分担されることがある。しかも文部省への報告にはすべてこれらは教授助教授以上で講義をしたことになってる。

292 :291 :1999/09/27(月) 12:18
書き間違いでないことの確認だが,東大工学部で講義を受け持つことのないのは「助教授以下」だ。つまり,教授だけしか講義しないのだ。

293 :>1 :1999/09/27(月) 12:30
test

294 :290〜292 :1999/09/27(月) 13:11
そんな事だから,会議に出席できる先生は研究しない暇な教官が多い。そんな教官の会議で「研究評価に基づいた公正な人員整理を行うにはどうすればいいか」についてまともな結論が出せるのか疑問である。
評価する側の基準にのっとった研究だけしておけばいい というわけのわからん結論が横行しているのはこういう背景があるのだ。

295 :>290 :1999/09/27(月) 13:19
なるほど、一学部一学科(またはその類)の悲劇だな。
経済もそうだよね。でもかれらはたいして研究してないから
関係ないけど。そうか、薬学部は大変なのか。ところで、
日本の薬学の水準って世界的にみてどうなんですか?
医学研究は低いって聞くんだけど

296 :>291 :1999/09/27(月) 13:33
ただまともな工学部の教員は研究室単位の実験とかの
運営でかなり忙しいのでは?大学院生も多いでしょう。
講義担当だけでは、計れないのではないのかなあ??
文科系の先生の暇具合に比べたら、理科系は総じて
忙しいのではないかな。具体的な情報が欲しいね

297 :だれか :1999/09/27(月) 13:35
壊れる前にログとっておいてくれると
ありがたいんですが。。。

298 :>295 :1999/09/27(月) 13:59
>日本の薬学の水準って世界的にみてどうなんですか?
毎年,日本発の新薬がどれだけ出ているのかを見れば,
ヒヲミルヨリアキラカです。

299 :>298 :1999/09/27(月) 14:03
>日本発の新薬がどれだけ出ているのかを見れば,
ヒヲミルヨリアキラカです。

といわれても、普通の人はそんなに知らないよ。わしも。
要するに日本の薬学研究はレベル低いのかい?
世界ではどこが強いんだい?教えてくれよお


300 :定員削減への提案 :1999/09/27(月) 14:03
どの学部にもかならず1人は「頭のおかしい教官」はいませんか?考え方が変だということではなく,精神分裂病などの心の病気で何年も入院のまま休職している先生や通院を理由に休講が多い先生。まずはこれらの先生を整理することから始めていただきたい。病気なんだから仕方ないという日本的なれ合いというか,よくわからない人権問題にすり替えるのはよろしくないと思います。

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